リーダーインタビュー
今、注目の「栄養療法」について、この世界を牽引する第一人者に伺いました。
年寄りだから粗食でいい、は勘違い!
人は本来「食べる力」がある。
病気の人ほどエネルギーが必要なことも。
医師 佐々木 淳さん<第2回配信>
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長。日本内科学会認定医。2021年内閣府規制改革推進会議専門委員。筑波大学医学専門学群を卒業後、三井記念病院内科・消化器内科、東京大学医学部附属病院消化器内科等を経て、2006年に当時まだ数少なかった24時間対応の在宅総合診療を行う診療所を開設。以来、在宅医療をリードする存在となる。2008年に医療法人社団悠翔会として法人化し現職。現在、首都圏および沖縄県に18の診療拠点を展開。6000名を超える在宅患者さんを24時間体制でサポートしている。
Webサイト
著書紹介
『在宅医療のエキスパートが教える 年をとったら食べなさい』
過去の連載
Q.「たくさん食べられない」という方が栄養を補うために、栄養補助食品などを利用することも多いかと思います。
これらを活用するポイントはありますか?
なぜ「食べられない」のか、
理由を探ることが大事。
食べられない、という人は、本来はいないはずだと思います。食べるというのは本能ですから、我々は食事ができる能力を持っているはずです。それが発揮できないということは、どこかに治療すべき病気があるのか、あるいは治療の副作用か。何か理由があるはずです。
たとえば消化管疾患があるとか、精神的な課題があるとか、心不全で消化管がうっ血しているとか。あるいは口の中に問題があって、美味しく食べられないのかもしれない。
なぜ食べられないのか、まずはその理由を探ることが非常に重要ですね。
一方、病気があるにしても、限られた量しか食べられない、食べるのに時間がかかって疲れてしまい、トータルの量ではそれほど食べられない、そういう方もなかにはいます。
そのような場合は、食べられるボリュームや疲れない範囲内で、必要なたんぱく質やエネルギーを摂っていくことが大事ですね 。
エネルギー量や栄養素の摂り方に
神経質になりすぎない。
また、必要なエネルギーを補給できる栄養補助食品で、一定の量をまず担保したうえで、食事を楽しむ方法もあります。
何を優先するのかを考え、その人の食べる力を活かしていくのがいいのではないでしょうか。
たくさんある必須栄養素を、すべてまんべんなく毎日摂っていくのは大変です。
私たちの医療チームでは、今日あまり食べられないのなら、3日間とか1週間とか長いスパンでみて必要なものを摂れていればよい、とおおらかに考えています。
皆さんも普段の生活でよくあるのではないでしょうか。週末に食べ過ぎだから少し調整しようとか。そういう考え方と同じですね。
Q.逆に、食事をしっかり摂っているのに痩せてしまうこともあるのでしょうか。
年齢や体格が違うのに、
同じ食事という矛盾。
日本の高齢者の食事を考えると、そもそも最初の設定値が低いと感じます。 たとえば老人ホームの食事は1日1200~1600kcalぐらい。2000kcalを超える高エネルギーの食事はほとんど見ることがありません。 日本の老人ホームには、太っている人はほぼいません。ある施設で調べたら、平均年齢が86歳で平均BMIは19くらい。皆さんスリムでした。
入居者のなかには、身長180㎝の男性もいれば140㎝の小柄な女性もいる。年齢もまちまちで、65歳の人もいれば105歳の人もいる。それぞれ違うのにみんなが同じ食事量というのは、本来なら不自然ですよね。当たり前の話ですが、エネルギーが足りないと痩せてしまいます。
もちろん、身長、体重、年齢から基礎代謝を計算して、個別に食事を出しているところもあります。しかし、全量しっかり食べているのに体重が徐々に減っていく人もいる。 これは、病気が原因でエネルギーを消耗しているケースが考えられます 。
摂取エネルギーを増やして、
寝たきりから歩けるまでに。
たとえば慢性呼吸不全の方は「ゼーゼー」と呼吸します。この呼吸だけでも大変なエネルギーを使っています。 慢性呼吸不全の患者さんで口をすぼめて呼吸をしている人は、呼吸運動だけで1日800kcalくらい消耗します。一般の人は1日80kcalくらい消耗しますから、約10倍のエネルギーを使っている計算になります。ですから、その分のエネルギーを食事にプラスしないといけない。
ある慢性呼吸不全の患者さんで、肺炎を繰り返し、寝たきりの状態になって老人ホームに入居された方がいました。 その方は、基礎代謝量やリハビリでの運動代謝量を計算して1日1600kcalくらいの食事を摂っていました。十分な量に思えましたが、体重は減っていく一方でした。 そこで1本375kcalの栄養補助食品を食事に加えてみると、体重の減少が止まりました。さらにもう1本追加してみると、体重は少しずつ増え、歩けるようにまでなりました。トイレに座っていることもできなかったのに、椅子に座って食べられるようになり、お正月を家族と一緒に迎えられたんです。
これは、必要なエネルギー量が足りていなかったケースです。本人には生命力が十分あるんですね。
病気はエネルギーを消費する。
高カロリー食が回復のチカラに。
また別の例ですが、96歳の男性で神経難病の患者さんがいました。彼はあまり動かないけれど、病気が原因で筋肉がものすごく緊張していました。
その方がちょっと特殊な感染症にかかって、ある病院に入院したときのことです。
入院中の食事のエネルギー量が気になってお見舞いにいったところ、なんと2750kcalもの食事が出ていました。
筋肉の緊張にはものすごいエネルギーが消耗されているんですね。それを専門家がきちんと計算して食事に反映した結果、高カロリーの食事になったということです。
その方は順調に回復されて、1週間くらいで家に帰ってこられました。
アイデア次第で体に負担なく
「痩せない食事」はできる。
年寄りだから、あまり動かないから、少ない食事で足りるだろうというのは、周りがそう考えてしまうだけで、病気の人は逆にエネルギーを消耗していることが多いんです。
施設や病院の食事は、決まった予算のなかで考えなくてはならず、苦労されていると思いますが、ほんのちょっとの工夫で摂取エネルギーを上げることは可能です。 たとえば、ご飯のうえにオリーブオイルを5ccかけるだけで、50kcalプラスになります。 ドレッシングの油を多めにしたり、サラダにベーコンを乗せたりチーズをかけたりするだけでもエネルギー量は上がります。おやつにチョコレートを出すだけでも違いますね。 食事の量を極端に増やさずに、負担なく食べていただけると思います。
※内容は2022年3月取材当時のものです。
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