リーダーインタビュー
今、注目の「栄養療法」について、この世界を牽引する第一人者に伺いました。
総合病院に歯科を開設
併設カフェとも連携して
「食べる」を後押し
歯科医師 近石壮登さん<第1回配信>
「食」をテーマに総合病院に歯科・口腔外科を設立、嚥下食を楽しめるカフェを作った歯科医師、近石壮登さんに話を聞きました。
医療法人社団登豊会近石病院理事、歯科・口腔外科 歯科医師、「カムカムスワロー」代表。日本歯科大学卒業。卒業後は、藤田医科大学にて口腔外科、摂食・嚥下リハビリテーションの診療に従事した後、2021年4月から実家である近石病院の歯科・口腔外科へ。病院内および施設や患者宅での在宅診療で活躍するほか、「カムカムスワロー」を中心に地域でも積極的に活動中。
歯科医師・森田達さん
医療法人社団登豊会 近石病院 歯科・口腔外科 歯科医師
言語聴覚士 蛭牟田(ひるむた) 誠さん
医療法人社団登豊会近石病院 歯科・口腔外科 主任 言語聴覚士、「カムカムスワロー」マネージャー
Q.近石病院の歯科・口腔外科はどのような診療科ですか?
全国でも珍しい総合病院の歯科。
入院中・退院後の口腔のケア、
食のサポートを実施。
近石:岐阜県岐阜市にある医療法人社団登豊会 近石病院(以下、近石病院)は1963年に開設された125床の病院で、主に回復期のリハビリテーションに力を入れています。病院の特色の一つが、2018年に設立した歯科・口腔外科があることです。歯科・口腔外科のコンセプトは「チーム医療で"食べる"にとことん向き合う」。主に食のサポートと口腔内細菌による感染予防の二つを柱に掲げ、入院中だけでなく、退院後も在宅や施設への訪問によって診療を継続できるように取り組んでいます。
近石病院の歯科・口腔外科では、外来・入院の方の歯科治療と摂食嚥下の診療、在宅の方の訪問歯科診療を行っておりますが、そもそも、病院の中に歯科があることが珍しいのです。全国で一般の病院が約7100施設あるうち、歯科を設けている病院は約1080施設、15%ほどしかありません。歯科・口腔外科をあわせても、約30%のみです*。となると、入院すると歯科の治療が中断され、歯科治療が継続しづらくなるという実情があります。
*厚生労働省「令和4(2022)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」病院における標ぼうする診療科目別施設数(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/22/dl/02sisetu04.pdf)
森田:病院だと口腔外科はありますが、一般の歯科はほとんどありません。その影響か、当院に入院してくる患者さんは、歯がボロボロになっているような方がとても多いです。そのような方は、今まで歯科と繋がってこられなかったケースが多く、入院後に歯科を受診して初めて、歯科の治療が必要な状態であることがわかるという状況があります。
近石:当院で治療を受けた方でも、退院後に通院できず、治療が途切れてしまうことが課題となっていました。退院後も継続的にフォローできるようにすることに重きをおいています。
左から森田先生、近石先生、蛭牟田(ひるむた)先生。
Q.総合病院での歯科の開設で変化したことはありますか?
歯科との連携で治療効果も向上。
患者さんの「食べる」を後押し。
近石:当院では歯科を開設してこの5年間、歯科衛生士が中心となってさまざまな職種が嚥下のリハビリを行っています。これは、全国的にも珍しい取組です。患者さんへの説明や、医師、看護師、言語聴覚士、管理栄養士が集まり、患者さんに対する治療やリハビリの方針を決める週1回のカンファレンスにも歯科衛生士など歯科のメンバーが参加するようになり、飲み込みの治療効果も上がっています。
森田:最近は、歯の治療だけではなく、食事に関しても歯科衛生士が中心的な役割を担うようになり、看護師さんから「あの患者さんの口の中を見てくれない?」「食事の介助の仕方を教えてほしい」などと、開設当初に比べて歯科と連携して患者さんの"食べる"に向き合う動きができています。
近石:歯科の学部教育では、医師や看護師といった他の医療職種と連携を学ぶ機会が少なく、多くの歯科医師が歯科クリニックで勤務します。でも実は、入院患者さんがいる病院でこそやるべきことが多くあり、今後は病院に興味を持ってくれる歯科医師や歯科衛生士が増えてくるといいなと、心から思っています。
Q.歯科と同じ"食"をテーマにしたカフェを開店されましたね。
退院後の外食機会の激減への
問題意識から
カフェの設立へ。
近石:「カムカムスワロー」は、2022年12月に歯科・口腔外科をはじめ、近石病院の栄養科、リハビリテーション科などの医療専門職のメンバーで立ち上げたカフェであり、管理栄養士が常駐する認定栄養ケア・ステーション、そして、地域密着型のコミュニティスペースになっています。その取組の根本は、退院後の継続的なフォローです。
カムカムスワロー外観。奥に見えるのが近石病院。
この取組のきっかけは、歯科の訪問診療を行っている際に、普通食を召し上がれない方の外食機会が限られ、結果、家族以外の方と交流できる機会そのものも減っていることに気づいたことです。何とか、そのような方たちが気軽に外出や外食ができる機会をつくれないか。そう考えたことが、カフェ設立につながりました。
森田:例えば、脳梗塞や誤嚥性肺炎などの病気で入院すると、どうしてもごはんの形態が通常食からやわらかくしたものへと落ちてしまいます。歯科衛生士や言語聴覚士がリハビリを行い、できる限り食形態を上げていくのですが、なかには上げきれず、やわらかいごはんに留まる方もいます。そのような方が家に帰ると、外食の機会を失って家にこもりがちになり、動かないことでさらに飲み込みの機能が落ち、やがて全身の機能が落ちてしまいます。それを食い止めるには、やはり外食機会が重要だと考えたのです。
Q.カムカムスワローが病院内の連携に影響を与えたことはありましたか?
取組から生まれた病院内の連携。
地域の人にとっても
病院が身近な場に。
近石:カムカムスワローで実施している介護予防教室「カムスワ元気やお教室」の取組は、かなり影響があったと思います。それまではリハビリ、栄養、歯科などの各部門で、それぞれの患者さんにアプローチしていました。それがこの取組をきっかけに、各部門が連携して継続的に生活支援、介護予防に取り組むことで、より効果的であることがわかり、また各部門同士の横のつながりができるなど、新しい動きが出てきました。
また、介護予防教室について、学術的な観点からも調査を行っています。利用者の状況がどのような経緯で改善、または維持、低下するのかを、例えば口腔内を測る装置、立ち上がりの筋力を測る機器などを使って評価しています(朝日大学摂食嚥下リハビリテーション学分野とも連携)。実際に実施前後での評価では、歩行の所要時間、立ち上がる力、口腔内衛生状態など改善がみられています。
病院へのもう一つの影響は、医療者が患者さんやそのご家族以外の方々と接する機会が増えたことです。私たち医療者は日頃、主に患者さんと接していますが、カムカムスワローに来る方は一般の方が多いので、ここでの活動を通じて、新たな視点を得られていると感じています。
例えば、患者さんが自宅に帰って普通の生活をするとき、どのようなものが自宅で必要になるのかなど、今までとは違ったアプローチができるようになりました。入院に至っていない方に対しては今後も入院することにならないよう、入院後の方に対しては再び悪い状態に戻らないために、今まで以上に予防の視点を大事にするようになっています。
近石先生。
蛭牟田:加えて、ここのイベントで会った先生が近石病院にいると知り、「じゃあ、あの先生に見てもらおう」と通院につながるパターンもあります。カムカムスワローでの取組によって、病院への問い合わせが増えたという院内のアンケート結果も出ています。
近石:病院が何かあったときに通う場所なのではなく、何かある前から地域の方とつながって、何かあったときには気軽に相談できる場所にしたいという思いは、当初からありました。サービスが複雑化している今、病院に行っても誰に何を相談したらいいのかよくわからない人が多いからです。このようなカフェで、管理栄養士さんも常駐しているなかで気軽に相談していただき、そこから病院へおつなぎできれば、患者さんにも病院にとってもいいことだと思います。
※内容は2023年9月取材当時のものです。
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【第二回】「食べる」を通して、地域を健やかに 嚥下食も提供する病院提携のカフェ「カムカムスワロー」