問題解決する栄養療法⾷品

読む介護飯(かいごはん)ラジオ

ここで学べること
「高齢者の痩せ対策委員会」がお届けするPodcast番組「専門家が答える介護飯ラジオ」のWEBページ版です。食支援の専門家をゲストにお招きし、リスナーから寄せられた、介護や食事、痩せに関するお悩みに回答します。

専門家が答える読む介護飯(かいごはん)ラジオ 第12回
"頑張らない"の大切さ


※本記事はPodcast番組「介護飯ラジオ」第12回のWEBページ版です。



【介護飯ラジオとは】「専門家が答える介護飯(かいごはん)ラジオ」は、「高齢者の痩せ対策委員会」がお届けするPodcast番組です。食支援の専門家をゲストにお招きし、リスナーから寄せられた「食事」や「痩せ」に関するお悩みに回答、明日から使える実践的な解決策やヒントをお伝えします。「Podcastでの配信内容を文字で読みたい」「気になったエピソードを振り返りたい」という方のために、こちらのWEBページ版「読む介護飯ラジオ」をご用意しました。


■パーソナリティ紹介
岡崎佳子(ナースマガジン編集長)
父はレントゲンの設計士、母は看護師という両親のもとで育つも医療・看護の道には進まず。転職を繰り返すも、常に扱うテーマが栄養・食事という不思議な巡り合わせ。両親を在宅で看取るという体験を経てたどり着いたのは、看護情報誌「ナースマガジン」編集の仕事。取り扱う多様なテーマに四苦八苦しながら、気がつけば前期高齢者。滑舌が悪くならぬよう、口形体操が日々の日課。


■ゲスト紹介
保坂明美(訪問看護ステーション フレンズ代表/看護師)
北海道函館市で訪問看護ステーションを運営し、地域に密着した看護サービスを提供。小児から高齢者まで幅広い世代を対象に、看取りも含めた支援を行い、患者とその家族が住み慣れた地域で自立した生活を続けられるようサポートしている。ステーション名には、患者・家族が困ったときに駆けつけられる友達のような存在でありたいという思いが込められている。




「頑張って」「少しでも食べて」がプレッシャーに?


岡崎
さて、今回のテーマは「頑張らないこと」。食べるために頑張ることと同じくらい、頑張らないことが人の心を穏やかにすることもありますよね。本日のお便りは、ご主人の胃がんの進行を受け入れながら食事の用意をしておられる奥様からのご相談です。


―60代女性からのお便り―

在宅療養中の夫は65歳、胃がんの進行で徐々に食欲が落ちてきました。でも、ときどき嬉しそうに食事を楽しむこともあります。まだ食べられるんだと思うと、つい私たち家族は頑張って食べて少しでも元気でいてほしいと言ってしまいます。以前好きだったものを思い出して、3食手作りの食事を作っていますが、おいしいよと笑顔で食べてくれていたのは最初の頃だけ。最近は笑顔が消え、頑張って何口かは食べてくれるのですが、ほとんど残すようになりました。もう食事は諦めたほうが良いのでしょうか?



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岡崎
胃がんの患者さんの食欲が低下するのは、がんの治療法やがんの進行具合と関係があるかと思います。それらの影響や、食欲が落ちてきたときの対応として、何かご家族にできることはあるでしょうか?


保坂
まず「頑張って」と声をかけてしまうと、頑張れなくなってしまうと思うんですね。頑張っているんですよ、本人は。だから「少しでも良いから食べて」と言っても、その「少し」がプレッシャーになってしまいます。「頑張って」という声かけも、本人への負担になっているかなって思うときがあります。
3食手作りの食事を出されているようですが、「自分の好きなものを作ってくれた」という感謝の思いはあっても、それがプレッシャーになる場合もあるので、そこはご本人の気持ちに寄り添ってあげてほしいなと思います。
ご本人がなんとなく手が出そうなもの、例えばアイスクリームやケーキとか、スッキリするミントのガムなどがあれば、一緒に食べてあげると良いですね。
栄養をどうするかは、ご家族も知りたいし、相談したいところでしょうが、そこは主治医の先生や訪問看護師さんなどがきちんと考えてくれると思います。それよりも家族の良い時間を作るために、あまりプレッシャーにならないかかわり方をしてもらえたらと思います。


岡崎
確かにそうですよね。本人にしてみれば「これ以上、何を頑張るんだ」という気持ちにもなってしまいますよね。私は、これまでの先生のお話で共通しているのは「楽しみの時間」を大事にすることだと感じました。
がんの進行状況にもよるとは思うのですが、「好きなものを少しでも」といっても、好きなものしか食べないと当然、必要な栄養の量は足りなくなってしまいますよね。それをどう考えたら良いのでしょう。訪問看護師の先生の立場からは、どういったことをご家族と一緒に考えていますか?


保坂
まず、「何か食べたいものある?」と必ず聞きます。そうすると、地域にもよりますが「白いご飯にたらこをのせて食べたい」「筋子やいくらをかけて食べたい」という方もいらっしゃいます。そういうときは「たくさん食べるわけじゃないんだから食べていいよ」と言っています。
あと「ビール飲んでもいいか」「日本酒が飲みたい」と言う方にも「気にせず飲んでいいよ」と返します。
正直に言って、必要栄養量の摂取を家族にゆだねることはしていませんね。主治医の先生と「摂取カロリーはどれくらいにしますか」「点滴の中にどれだけたんぱく質やアミノ酸、ビタミンが入っていますか」といったことを相談しますが、この方のように胃がんで食べるのが難しい場合は、とにかく口から楽しんでもらうことのほうが大事かなと思います。


岡崎
それはなんでも良いわけですよね。お好きなものなら。


保坂
はい。なんでも良いです。


ポイント1
食べてほしい気持ちと励ましの声かけがプレッシャーになることも......
栄養面は専門家に相談し、食べたいものを口から楽しんでもらおう!




末期がんの方が満足した食事とは?


岡崎
先生が訪問されてきたがんの利用者さんで、「こんなものが好きだった」といったエピソードはありますか?


保坂
80代男性の食道がんの方で、ご家族は食道がんだから食べられないとずっと思い込んでいて「何も食べてくれないんだよね」とおっしゃっていたのですが、改めて聞いてみるとそのおじいちゃんは「味噌ラーメンにキムチをのせて食べたい」と言ったんですよ。「え、食べられるの?」と思ったら、彼が食べたのはスープだけ。味噌ラーメンのスープが飲みたかったんですね。麺は奥様が食べていました。


また、末期の膵臓がんの方は「どうしても家に帰りたい」と言って、函館市内から120km以上離れた町に帰ったんです。そこで「何が食べたいの?」と尋ねたら、「白いご飯に、たらの子の醤油漬けをかけて食べたい」と。その方にとって、昔から食べていた馴染み深いものだったんですね。実際には食べられなかったんです。奥様がお茶碗に入れて見せて、ちょっと醤油漬けをつまんだだけで終わってしまったのですが、それだけで満足感があったようです。


あとは特例ですが、「昔、北海道旅行をしたときに食べたものが食べたい」と宮崎県から北海道に来たご家族がいらっしゃいました。末期がんの女性で、ほぼ寝たきりで車椅子を使用されていましたが、どうしても行きたいというご本人の希望だったんですね。
まず函館に来られたので、様子を見に伺いました。そのときに彼女が言ったのは「函館のカレーを食べたかった」と。有名なお店のカレーを食べに行って、「食べられた?」と聞いたら「一口」と言うんですね。でも満足だったと。そのあと札幌ではビール園に友達が集まってくれて、そこでビールを飲んだんですって。一口だったけれど満足されて、最後は支笏湖(しこつこ)の温泉でご家族と食事をして、そこでもビールをちょっと飲んで宮崎に帰られました。


たくさん食べられなくても、食べたいと思ったものを口に入れられたことと、味わったということ、思い出が蘇ってきたことの満足感がすごくあったようです。
出発されるときに先生から「飛行機の中で亡くなるかもしれない」と言われた彼女が、空港に着いて病院に戻ったときはものすごい笑顔だったそうで、先生が「どうしたんだ」とびっくりされていたと聞きました。


岡崎
栄養よりも、私たちにとって食べることは楽しみでもあるから、その満足感が得られたということですかね。


保坂
そうなんでしょうね。満足されて、最後はご主人と2人きりで、お姫様抱っこされて露天風呂に入ったらしいんです。そこで最後の夫婦の会話もできたということで、ご主人は「ものすごく満足しました」と、奥様が亡くなられたあとで私に電話をくれました。


岡崎
そうですか。食べることと結びつけながら、またたくさんの思い出を作られたということですよね。
だからこそ、何をどのぐらい食べなきゃいけないとかではなく、楽しみから入るという先生のアプローチの仕方は皆さんの心の琴線に触れるんですね。


ポイント2
本当に食べたいもの、思い出にまつわるものを口に入れ、味わう。
たった一口でも得られる満足感はひとしお。




食べられないつらさ。家族ができることは?


保坂
がんの方っていうのは食べられないことが非常につらいんですね。食べたいんだけど、食べられないことをこっそり私に打ち明けてくれた人もいます。家族には悪いけど、「食べろ食べろと言われるのがつらいんだ」と。


岡崎
ご家族には言えないですもんね。


保坂
私たちがその間に入って、「食べろ食べろ」ではなく「食べられる?」と聞いてみては?とアドバイスしています。「いや、いい」って言われたら「そっか、わかった」と下げてあげるのもひとつの方法だよと家族にお話ししたことがあります。


岡崎
そのご家族はそういう感じでやってみて、うまくできるようになったんですか?


保坂
家族としては、それは確かに寂しいことではあるんです。でも、ご本人がつらい顔や悲しい顔をするよりも、「食べられない」と言ったときに「わかったよ」と言って食事を下げたあと、テレビを見ながら話したり、昔の映画を見ながら過ごしたりする、そういう時間に変えていけば良いのではと言ったんですね。


岡崎
なるほど。自分がその立場だったら、そちらのほうがありがたいですね。


保坂
そうですね。そういう気がして、ご家族にはお話ししています。


岡崎
そうなんですね。
がんで最後の時期をご自宅で過ごすという方に訪問されることも多いですか?


保坂
多いですね。おうちで亡くなる方には何も強制せず自由にして良いよと私は言っています。病院にいると、「点滴してください、何時にこれをやってください」とオーダーが出るのですが、もし「今日は点滴を休みたい」と言われたら、ちゃんと先生に言ってお休みする日も作るようにしていて。退院するときにはカンファレンスを開いて、「そういうこともありですよね」という確認を必ず取ってから帰ってきてもらっています。また、食べることに関しても、ご本人が飲み込めなくても、「味見はしても良いよね」と確認するようにしています。
「すき焼きが食べたい」と言われたら、「お肉と豆腐とネギの出汁の染みたものは、噛んでも飲み込まなきゃ大丈夫ですよね」とか、そういう話をします。先生方はびっくりしますけど、「飲み込まないのなら」と言って認めてくださいます。「うちに帰って退院祝いはすき焼きにしましょうか」などと言うと皆さん笑っていますが、「飲み込まなきゃ良いんだから、味を楽しみましょう」と話しています。


岡崎
味わって飲み込まなければ良いというのは、リスナーの方にとっても、ちょっと新しい知識、発見かもしれないです。やはり味わう楽しみってありますもんね。


保坂
味わえて「おいしい」と感じられる幸せというのは、すごく大きいじゃないですか。喉を通すか通さないかだけのことで。飲み込む力が落ちていても、細々とでも通っていくのであれば、水分をゆっくり落としてあげれば良いわけです。ですから、私が「ビール飲んでもいいよ」というのはそこなんです。


岡崎
そうですね。今さら「ビール飲んじゃだめ」っていう理由もわからないですよね。


保坂
家に帰るということは、その人が自分らしく人生を過ごせる場所に戻ることであり、そこはその人の世界なので、そこに私たちはお邪魔するわけです。そこを壊すわけにはいかないんです。


ポイント3
飲み込めなくても、味見だけをする方法もある
「おいしい」と感じられる幸せを大切にしよう!




岡崎
4回にわたって、貴重なエピソードやたくさんの知識を教えていただき、ありがとうございました。
本当に名残惜しいのですが、先生の登場は今回で最後ということで、最後のまとめをお願いしたいと思います。
先生はこうして食べることを"楽しみ"のほうからアプローチしていって、訪問看護を利用される方やそのご家族を支えられていて、「どうしてそこまでできるのかな」と思うほどです。先生ご自身の思いも含めて、最後にひと言いただけますでしょうか。


保坂
もともと自分が食いしん坊で、すごく食べることが好きなんですよ。だから、食べることを取られたら命を取られるのと同じかなと思うんですね。だからこそ、死ぬときは何の食べ物を手元に置いておこうかなとか、今から考えているほどです。それくらい食べることが好きで、食べられるから生きているし、元気でいられるし。食べる楽しみを持たなかったら、生きている意味がないと思うんですよね。


おかげさまで、北海道は本当に野菜も魚も肉もお米も、とにかくおいしいものばかりです。そういう良い食材がたくさんあるところでおいしく食べて、病気と闘っていても一口お口に入れて、飲み込めなくても良いから楽しんでいただきたいなと。
一人ひとりの巡り合った患者さんに少しでもお手伝いができて、それが反映できればという思いだけでやっていますね。


岡崎
体が食べることを受け付けなくなったとしても、味わう楽しさが残っているということを、先生から教えていただいた気がします。本日はどうもありがとうございました。


今回のまとめ
栄養価や食べる量にはこだわらなくても大丈夫!
飲み込めなくても、味わうことは楽しめる





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