問題解決する栄養療法⾷品

ニュートリション・ジャーナル

ここで学べること
病院・施設・在宅、医療者と患者。医療現場の「溝」を埋めるべく不定期発行中の情報誌。栄養療法の最先端をお届けします。

※このページは、医療介護従事者向け情報です。


栄養指導の理想と現実


疾患の治癒・回復、免疫力アップのためには、低栄養状態の改善が欠かせない。在宅療養の場では訪問看護師をはじめ、地域の多職種チームが低栄養改善を図る。しかし、実際は患者本人と家族がその役目を担うことも多い。患者、家族が「栄養」に対しての問題意識を持っていなければ、また実行力がなければうまくいかないケースもある。平成28年4月の診療報酬改定では栄養食事指導の対象、指導料、算定要件などの見直しが行われ、在宅療養者に対する「栄養」に関する正しい知識の啓発と実践的な指導を行う社会的な流れができつつある。しかし、専門知識のない患者とその家族に、「栄養」をどう指導・実践させていくのか。栄養指導の理想と現実を取材した。


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「病院では、好きなものが食べられず力が出なかった。家では自分のペースで好きなものが食べられる。食べられると元気になる」と語る患者Cさん(2016年12月撮影)。


「理解力」「介護力」「経済力」 の見極めと調整が必要な在宅現場


「わかる」と「できる」は違う― 病院の栄養指導に意識改革を ―


「退院時、病院で栄養指導はありますが、単に知識を伝えるだけの場合が多い。これから自宅で療養しながら生活する患者にとって、退院後に自分たちで実践できなければ指導に意味はありません。地域の多職種チームは患者・家族が頭でわかることと実践できることの違い、病院と在宅の違いを理解する必要があります(図1)」と語るのは医療法人社団隆靖会墨田中央訪問看護ステーション所長で看護師の廣瀬祐子さん。月平均で80世帯(件数にして約400件)を訪問し、患者とその家族を支えている。


04.jpg図1


「病院で栄養指導を受けても、自宅ではお茶碗、お椀の大きさが違うため、自分の感覚で調理し、栄養バランスが悪くなることもある。在宅現場では実際に使っている食器、計量器、調味料まで細かく確認することが大切で、そこから指導が始まります」。「在宅療養の質は、各家庭の理解力、介護力、経済力に左右されることが多く、力が揃わないことも多々あります。栄養知識の欠如、高齢夫婦世帯の老老介護による介護力不足、生活保護等の影響による経済力不足、様々な理由で十分な看護や介護を受けられない患者もいます(図2)」。低栄養の改善がうまく進まないケースも多い。体力、免疫力が低下して、ひどい場合は死に至ることもある。3つの力の不足を見極め、どう埋めていくか実践的な方法を考え、家族が疲弊しないようにさじ加減を調整し支えることは訪問看護師ならではの大切な役割である。


05.jpg図2



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廣瀬祐子(ひろせ・ゆうこ)
医療法人社団隆靖会墨田中央病院を母体とし、急性期・回復期・維持期と連動できるように設けられた在宅部門、墨田中央訪問看護ステーションの3代目所長。病院スタッフへの研修のみならず、「医療と介護の連携推進協議会」の委員も務め、多職種による地域包括ケアの実践に向けた研修にも力を入れている。


『食べられない』の支援が最初の一歩


在宅ならではのアプローチ 好きな物を好きな時に


「退院後、低栄養状態の患者さんをサポートしていて、大変なことは『食べてくれないこと』です。さまざまな食材、栄養補助食品などを試しても食べられない場合、最終的には再入院する場合もあります。在宅では経口摂取ができなれば衰弱していくんです」。重篤になる前に改善策をいろいろ試す必要がある。「まずは食べられる物、好きな物から試します。ご飯を食べなくても、お菓子を食べられるのであれば、そこにアプローチします。アイスクリームやチョコレートなどはカロリーが高いので、少量でもエネルギーが確保できます。しかし、水分が摂れないと脱水に移行するので、お粥、果物、ゼリー、アイスキャンディーなどから水分を摂取していただくこともあります。高齢者、認知症の方は、嗜好や今までの生活歴から食べてくれる物を試しています」。


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改善策を導き出すには、家族への聞き込み調査がポイントだ。義歯が合わず食べられない人、義歯を外すと食べられる人などもいるので、歯科医師に協力を要請することも多く、嚥下食、咀嚼力の確認は不可欠という。
Cさんは90代の女性、要介護5。COPD、心不全、低栄養の状態で退院。朝4時から12時まで仕事に出かける長男との二人暮らしで日中独居。訪問介護は毎朝・夕、ヘルパーによる食事介助とオムツ交換。訪問看護はHOT、尿道留置カテーテル管理、栄養指導および管理、リハビリテーションという内容である。
在宅に帰った直後、Cさんから食に対しての意思表示があった。「入院中の食事はまずく、食べる気がしなかった。今はあずき入りアイスを食べたいが、ダメか?」を話されたという。誤嚥の心配があるため、少しずつ試してみましょうと話すと、嬉しそうな表情になった。その場ですぐに家族が買いに走る。
「退院直後は、食事よりアイスがおいしかったようで、一日1~2本を召し上がり、ベッドの上にあずきの粒が落ちていることもありました。10日後くらいからご飯の量が少しずつ増えていきました。アイスがマッサージ的な効果と糖分の補給になり、食欲アップにつながったと思います。Cさんの場合は、あずき入りのアイスがきっかけでしたが、ほかの患者さんでは、おはぎとサイダーで半年ほどエネルギーを確保している方もいました。好きな物を少しずつ食べるようになり、食事への意欲と楽しみから食事量が増えていくケースを多く経験しています」。
在宅現場では『食べられない』の支援が先決である。支援していく中で、栄養を充足させるという更なるステップアップが可能になる。必要な栄養素を語るだけでは、在宅現場の食は支えられない。また何がきっかけで、食べることへの意欲が刺激されるかは、患者や家族の生活を観察することが必要だ。日々のコミュニケーションの中に、ヒントが隠れていることもある。



看護師の予測力が発揮できるコミュニケーションツール『食事の記録』


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廣瀬さんがコミュニケーションツールとして、また観察の基礎データとして活用しているのが『食事の記録』である。「訪問看護に行けない日に何を食べられているかを把握するため、食べた物・飲んだ物を記録してもらいます。そこに、体重変化や排泄の様子が加われば、私たちナースは全身状態の予測がつきます。『3食、規則正しく食べましょう!水分も何mL不足しています』というのではなく、一緒に食事記録を見ながら『これが足りないからもう1品こういう物を増やしましょう。水分は、どのコップで何杯くらい飲みます?じゃあ、あと1~2杯増やしましょう』と負担にならない現実的な指導ができるようになるんです。訪問看護の現場で『食』や『栄養』の力が患者の治癒する力を支えていく機会は多いという。一方で、あまりにも日常に入り込んでいるため『食』は意識されにくく、おざなりにされることもある。患者、家族に、体の状態と食をリンクさせる上でも『食事の記録』は役に立つ。
実際、Cさんは食事摂取量が増えるに従い、嚥下機能だけでなく、寝返り困難から、ベッド上端座位が可能になり、筋力アップで手すりにつかまれるようになるなど、徐々に身体機能の改善も見られている。
「基礎データがあると、患者・家族も現状の課題を意識しやすくなり、自らの気づきが自発的な行動につながっていきます。また食事と全身状態が結びつくと、患者、家族は『栄養』の大切さを認識するようです」。



食事記録のメリット
• 患者・家族は生活の延長として、実践しやすい
• 患者・家族が「食べること(栄養)」に意識が向く
• 実践と成功体験が患者・家族の自信につながる
• 量の数値化=栄養の見える化により客観的な分析ができる
• トータルの栄養摂取量・水分摂取量を把握することで、1日3食にこだわらず柔軟な提案ができる



心に響くオーダーメイドの指導


原疾患の影響で食事ができにくかったり、制限があったりする場合もあるため、病状悪化による全身状態の低下を防ぐ工夫も必要だ。「抗がん剤の副作用による味覚障害、心臓病、腎臓病の方の塩分制限などに対しては、調理の味の工夫、調味料の選択、市販製品の紹介をしています。なかなかフィットせず、低栄養が改善されない場合は、主治医と相談の上、短期間の入院でCV導入、経管栄養の選択もあります。まずカロリーを補充してから、摂食回復のリハビリへつなげていく場合もあります」。
在宅現場は、その人が好きなように生きる生活の場。環境にバラツキがあり、病院と同じような看護・介護が行えない。しかし、慣れ親しんだ生活の場で好きなように過ごせることで発揮する『在宅パワー』なるものを、廣瀬さんは感じる時もあるという。「精神的なストレスから解放されるのと、自宅の安心感からでしょうか。病院より在宅の方が、食が進む場合が多いです」。時にはお菓子を食べながら話を聞き、その後で一緒に調理をすることもあるという。「体の栄養だけでなく、心の栄養もお届けしたいですね」と語る廣瀬さん。人それぞれの歴史、価値観、時には地域性や食文化といった、その方が何を大切に考えているのかをくみ取れないと、心に響く指導はできず実行もされない。病院の『統一』や『管理』とはギャップの大きい在宅現場では、『理解力、介護力、経済力の見極め』、『コミュニケーションツール』、そして『オーダーメイド』がキーワードなのかもしれない。





話題のキーワード
栄養食事指導の対象及び指導内容の拡充


(平成28年4月診療報酬改定により見直し)


「がん、低栄養、摂食・嚥下障害の方への栄養指導まで対象が広がり、入院、外来での指導時間が延長された分、内容が充実されることを願っています。一番期待したいのは、在宅患者への訪問栄養指導です。入院から関わっていて退院後も心配なケースをフォローしていくために、管理栄養士さんに、もっと在宅に出てきてほしいですね」。訪問で在宅の現場を知ると、病院での指導に不足していること、病院の指導では伝わらないことが見えてくると廣瀬さんは語る。


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図3




在宅で活かせるミニ情報
よく耳にする"患者・家族のホンネ"


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毎日の流動食。家庭の味を損ねない市販品の活用も。

医薬品として処方される流動食は経済的なメリットはありますが、甘みが強く、味のバリエーションが少ないので、毎日飲み続けるうちに飽きてしまう、というケースをよく耳にします。そんな場合は、市販の栄養補助食品もうまく利用して、食べたい気持ちを呼び起こす環境を整えましょう。


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東邦大学医療センター大森病院栄養治療センター
"鷲澤尚宏先生に聞く"


鷲澤先生.jpg鷲澤尚宏(わしざわ・なおひろ)
医学博士。東邦大学医学部臨床支援室教授。同医療センター大森病院栄養治療センター部長。消化器外科、栄養治療という専門分野を通して、日本における栄養サポートチーム(NST)の普及に初期より尽力。地域の医療・介護スタッフからも頼られる存在。


高齢者は理屈や説得より感覚

東邦大学医療センター大森病院栄養治療センター部長の鷲澤先生に、高齢者の『食』について聞いた。 「日本人の食生活は欧米化して豊かになったと言われますが、栄養バランスには課題が残っているそうです。高齢者たちは昭和の時代を駆け抜けた方々ですから、心の深いところには、子供の頃に食べたわくわくする食品があります。地方特性がありますが、ご当地の名産として受け継がれているお菓子などにも栄養価の高い物があり、江戸時代以前の庶民の栄養改善に役立っていたと考えられます。
訪問看護師にとって非常に助かるのは、ご自身で好きな食べ物を希望してくださる場合でしょう。あずき入りアイスは1本約112kcalで、市販されている濃厚流動食の半分の熱量と考えられますが、摂食量も増えるでしょうし、きっと、同じ量を摂取していても唾液や消化液の分泌が活発になるので、体は元気になると思われます。今回登場したあずき入りアイスは、和菓子の王様である『あんこ』が高度経済成長の波に乗って女の子たちの口に飛び込んできた夢のおやつ。たんぱく質の補給としても重要な食材で、江戸時代に城が兵糧攻めにあった時、枕の小豆が調理に使われたというお話もあります。高齢者には理屈や説得よりも、香りや食感のような深いところの感覚の方が訴える力があるんです」。





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